治せるもの忘れ(正常圧水頭症・慢性硬膜下血腫・甲状腺機能低下・B12欠乏・うつ)
「年のせいだから」「認知症だから仕方ない」と諦めていた症状が、実は治せる原因によるものだった — もの忘れ外来では、こうした例を珍しくなく経験します。特発性正常圧水頭症(iNPH)・慢性硬膜下血腫(CSDH)・甲状腺機能低下症・ビタミンB12欠乏症・うつ病性仮性認知症が代表で、いずれも見逃さずに拾い上げれば、手術や薬の補充、抗うつ療法で改善が期待できる病態です。当院では院内 MRI・採血セットでこれらをルーチンにスクリーニングし、認知症医療センター・脳神経外科専門病院と連携して早期治療につなぎます。
⚠ 急に進行するもの忘れ・歩行障害・尿失禁が揃う方はこちら
こんな症状はありませんか?
- もの忘れだけでなく、歩行が小刻み・開脚・すり足になってきた
- 尿が間に合わない・失禁してしまう(高齢者)
- 数週間〜数か月で急に認知機能が低下した(数か月前に転んだ覚えがある)
- 寒がり・体重増加・便秘・倦怠感・嗄声を伴う
- 両手のしびれ・歩行ふらつきを伴う(B12欠乏 / 亜急性連合性脊髄症)
- 「何も覚えていない」と本人が訴える/不眠・食欲低下・気力低下を伴う
こうした症状は認知症の進行と思われがちですが、上記のいずれかが目立つ場合は「治せるもの忘れ」を疑って積極的にスクリーニングする価値があります。
代表的な「治せるもの忘れ」6疾患とその他の原因
もの忘れ外来でとくに見逃したくない、治療により認知機能の改善が期待できる 6 疾患(iNPH / CSDH / 甲状腺機能低下症 / ビタミン B12 欠乏症 / うつ病性仮性認知症 / 神経梅毒)と、代謝性・薬剤性・てんかんなどのその他の原因をまとめます。原因を絞り込むためのスクリーニング採血と頭部画像で、多くは外来診療の段階で拾い上げられます。
iNPH / 特発性正常圧水頭症
手術で治せる
歩行障害+もの忘れ+尿失禁
もの忘れ+小刻み歩行+尿失禁の 3 徴がそろうのが最大の手がかり。歩行障害が認知低下より目立つ/先行することが多く、ご家族が「歩き方がおかしい」と感じることが受診のきっかけになります。
- 歩行障害は94〜100% でほぼ必発(小刻み・開脚・すり足)
- 3 徴がすべてそろうのは約 12%/2 つでも疑う価値あり
- MRI で脳室拡大+頭頂部のくぼみ(DESH 所見)が手がかり
- Tap test で歩行・認知が改善すればシャント手術の良い適応(脳神経外科専門病院に紹介)
CSDH / 慢性硬膜下血腫
急進性/要救急
数週で進む認知障害+転倒既往
「数か月前に転んだ → 急にぼんやりしてきた」が典型エピソード。軽微な頭部外傷から数週〜数ヶ月かけてじわじわ進むため、「歳のせい」「認知症が始まった」と誤解されやすい点に注意します。
- 受診のきっかけは転倒・頭部打撲歴の聴取(本人が忘れていることも)
- 高齢者・抗血栓薬を服用中の方・大量飲酒でリスクが上がる
- 頭部 CT/MRI ですぐに診断可能(外来で当日確認できる)
- 治療:局所麻酔下の穿頭ドレナージで 70〜90% が改善(脳神経外科に紹介)
HYPOTHYROIDISM / 甲状腺機能低下症
緩慢な思考+寒がり+徐脈
もの忘れ+寒がり・体重増加・倦怠感・むくみがそろうとき、まず疑いたい原因。「うつ」「歳のせい」と紛らわしい経過をとりますが、もの忘れ外来のルーチン採血で確実に拾えます。
- 女性に多い(男性の 5〜8 倍)。高齢者でも頻度が高い
- 身体所見:脈が遅い・声がしわがれる・むくみ
- 診断:採血のTSH/FT4で確実に拾える(外来ルーチン項目)
- 治療:甲状腺ホルモン(レボチロキシン)の補充で改善
B12 / ビタミンB12欠乏症
手のしびれ+認知低下+ふらつき
もの忘れ+両手のしびれ・ふらつきがそろうとき、ビタミン B12 欠乏を疑います。胃薬(PPI)や糖尿病薬(メトホルミン)の長期服用、胃切除の既往でリスクが上がるため、服薬歴・既往歴の聴取が手がかりになります。
- 受診のきっかけは両手のしびれ・ふらつき・歩きにくさの聴取
- リスク要因:胃薬(PPI)/メトホルミン/萎縮性胃炎/胃切除後/極端な菜食
- 診断:採血のビタミン B12 値で確認(外来ルーチン項目)
- 治療:B12(メコバラミン)の補充で改善(葉酸より B12 を先に)
DEPRESSION / うつ病性仮性認知症
「何もわからない」と訴える
高齢者のうつ病がもの忘れを主訴として現れる病態。AD と区別する手がかりは「『分からない』と即答する/ヒントで思い出せる/日内変動がある」など。意欲低下・気分の沈み・睡眠の乱れを伴うのが典型です。
- 受診のきっかけ:急な発症(数週〜数ヶ月)+不眠・食欲低下・興味喪失
- AD との違い:質問に「分からない」と即答する/ヒントで思い出せる
- 診断:GDS-15/PHQ-9などの問診票でスクリーニング
- 治療:SSRIなどの抗うつ療法で改善が見込める(三環系は認知悪化のため回避)
NEUROSYPHILIS / 神経梅毒
「忘れる・歩けない・けいれん」を起こす感染症
梅毒が治療されないまま長期間経過すると脳・脊髄に達し、もの忘れ・脳梗塞のような症状・てんかん発作を引き起こします。近年は国内でも増加傾向にあり、もの忘れ外来でも常に頭に置く治療可能な原因です。
- 受診のきっかけ:過去の手足の発疹+全身のリンパ節の腫れのエピソード
- 急な進行・けいれん・脳梗塞様の症状を伴うときに疑う
- 診断:採血(RPR/TPHA)と髄液検査で判断
- 治療:ペニシリン G の 10〜14 日間点滴(連携病院で入院加療)
OTHERS / その他
代謝性・薬剤性・てんかん
薬剤・栄養・代謝・てんかんなど、原因を取り除けば改善する病態は意外と多くあります。急な発症・短期間の悪化・服薬や飲酒の背景があるときに広く視野に入れます。
- 大量飲酒+ふらつき+眼の動きがおかしい→ Wernicke 脳症(チアミン欠乏)
- 意識がぼんやりする波がある→ 非けいれん性てんかん重積(NCSE)の可能性
- 睡眠薬・抗コリン薬・オピオイドの長期服用で認知が落ちることがある
- 採血でカルシウム・ナトリウム・腎肝機能の異常が見つかることがある
症状の進行が早い(数週間〜数か月)、歩行障害が認知低下より目立つ、頭部外傷の既往がある、体調・薬剤・採血で説明がつきそうな所見がある — このいずれかに当てはまる「もの忘れ」は、まず「治せる原因」を疑って評価する価値があります。
受診から診断までの流れ
問診と神経学的診察で「治せる原因」のサインを拾い、頭部 MRI・スクリーニング採血で6疾患をシステマティックに除外していきます。診断確定後は外来薬物療法・専門病院連携・リハビリ介入に振り分けます。
-
問診
発症のしかた(突然 vs 緩徐)/進行スピード/随伴症状(歩行障害・尿失禁・寒がり・両手しびれ・抑うつ)/頭部外傷の既往(数か月以内の転倒)/服薬歴(胃薬(PPI)・メトホルミン・抗血栓薬・ベンゾジアゼピン)/飲酒歴・栄養状態を詳しく確認します。
-
神経学的診察院内で実施
歩行(小刻み・開脚・すくみ)/脳神経/パーキンソニズム(無動・固縮・姿勢反射)/腱反射(アキレス腱反射弛緩相延長 → 甲状腺)/後索徴候(深部感覚障害 → B12)/焦点神経症状(CSDH / 戦略部位病変)。
-
認知機能評価
MMSE / HDS-R で全般評価。MCI 域では MoCA-J でも拾い上げ。仮性認知症の疑いがあれば GDS-15 / PHQ-9 を併用。
-
頭部 MRI院内で当日実施可
CSDH(硬膜下の血腫)/iNPH(脳室拡大+DESH)/戦略部位の梗塞・出血/腫瘍の除外。FLAIR・T2*・拡散強調・造影で網羅的に確認。
-
スクリーニング採血院内で当日実施
TSH/FT4・ビタミンB12・葉酸・電解質・腎肝機能・血糖・必要時 梅毒(TPHA/RPR)・HIV。もの忘れ外来のルーチン項目として全例で実施します。
-
必要時の追加検査と専門連携外来〜紹介
iNPH 疑いは Tap test(脳神経外科専門病院で実施)/NCSE 疑いは EEG/頭部外傷後の段階的進行は CSDH 再評価/うつ併存は精神科連携。診断確定後は適切な治療科にスムーズにつなぎます。
治療の組み立て
6疾患それぞれに具体的かつ確立された治療法があります。共通するキーワードは「早期に診断するほど改善が大きい」。長期間放置されると、可逆性であった症状も固定化していきます。
SURGICAL / 手術で治せる
iNPH=シャント手術/CSDH=穿頭ドレナージ
どちらも脳神経外科の専門病院で実施できる手術です。iNPH は髄液をお腹側に逃すシャント手術、CSDH は局所麻酔で 30〜60 分ほどの穿頭術で対応します。当院では診断と紹介、術後のフォローを担当します。
- iNPH:シャント手術で歩行が 6〜8 割、もの忘れが 3〜6 割で改善
- CSDH:穿頭ドレナージで7〜9 割が認知・歩行とも改善
- 放置期間が長いほど症状が固定化するため、早めの診断が結果を左右する
- CSDH は術後の再発もあり得るため、定期的なフォローが大切
SUBSTITUTION / ホルモン・ビタミン補充
甲状腺=レボチロキシン/B12=メコバラミン
採血で診断がつけば、外来で内服または注射による補充を始められる治療群。もの忘れの改善には数週〜数ヶ月かかることが多く、定期採血で値を確認しながら継続します。
- 甲状腺:レボチロキシンを少量から開始し、6〜8 週ごとに調整
- 高齢者・心臓病のある方はさらに低用量から慎重に増量
- B12:メコバラミンの内服が中心、重症例は注射
- B12 と葉酸が両方下がっている場合は、必ず B12 を先に補充する
PSYCHIATRIC / うつ病性仮性認知症
SSRI/SNRI と環境調整
高齢者のうつ病は認知症のように見えますが、抗うつ療法でもの忘れが大きく改善することがあります。三環系の抗うつ薬は認知を悪化させやすいため避け、SSRI を第一選択とします。
- セルトラリン・エスシタロプラムなどの SSRI を少量から漸増
- SNRI(デュロキセチンなど)も状況に応じて選択肢
- 薬物療法と同時に休養・生活リズム・運動の支援も組み合わせる
- 8〜12 週後にもの忘れと気分の両方を再評価
ROOT CAUSE / 根本原因の見直し
薬剤・栄養・代謝・てんかんの是正
睡眠薬・抗コリン薬・オピオイドの長期使用、大量飲酒、電解質異常、非けいれん性てんかんなど、原因を取り除けば改善する病態は意外と多く存在します。お薬手帳と既往歴の見直しから始めます。
- 睡眠薬(ベンゾジアゼピン系)は段階的に減量・中止を検討
- 抗コリン作用のある薬(過活動膀胱治療薬・抗ヒスタミン薬・三環系)の見直し
- Wernicke 脳症が疑われたらブドウ糖投与より先にビタミン B1(チアミン)を投与
- 意識が波打つように悪い・けいれんを伴うときはてんかんの精査・治療へ
もの忘れ外来のスクリーニング採血セット
「治せるもの忘れ」を見逃さないために、当院のもの忘れ外来では全例にこれらのルーチン採血項目を実施しています。原因が拾えれば外来内で治療開始または専門連携に直結します。
必ず確認する項目
- TSH/FT4:甲状腺機能低下症(顕性/潜在性)の拾い上げ
- ビタミンB12/葉酸:B12欠乏(< 200pg/mL)/葉酸欠乏
- HbA1c/血糖:糖尿病コントロール(脳血管病変・認知症リスク)
- 電解質/腎肝機能:代謝性脳症の除外(高Ca・低Na・尿毒症・肝性脳症)
- 梅毒(TPHA/RPR):神経梅毒疑い時に追加
- 頭部MRI:iNPH・CSDH・腫瘍・多発脳梗塞の除外
- GDS-15/PHQ-9:高齢者うつ病性仮性認知症のスクリーニング
- 必要時EEG:意識変容・幻覚で NCSE を疑うとき
こんな症状はすぐ受診を
治せる原因が疑われるサイン — 早期受診で改善幅が変わります
- 数週間〜数か月で急に進行するもの忘れ → CSDH/NCSE/代謝性脳症を最優先で除外
- もの忘れ+歩行障害+尿失禁の三徴 → 特発性正常圧水頭症(iNPH)疑い
- 数か月以内に頭をぶつけた覚えがある/抗血栓薬服用中 → 慢性硬膜下血腫(CSDH)疑い
- 両手のしびれ+ふらつき+認知低下 → ビタミンB12欠乏(亜急性連合性脊髄症)疑い
- 不眠・食欲低下・「死にたい」と訴える → うつ病性仮性認知症/重症うつの可能性、精神科連携も検討
- 意識がぼんやりする時間が日内変動する → NCSE/代謝性脳症(救急対応のことも)
あなたのもの忘れの緊急度をご確認ください
緊急
すぐに救急受診
- 意識がもうろうとして戻らない(脳卒中/NCSE/代謝性脳症)
- 突然の頭痛+意識変容(くも膜下出血の可能性)
- 急な片麻痺・呂律不良を伴う認知低下
119に電話する
注意
数日以内に受診
- 数週〜数か月で急進性のもの忘れ(CSDH/甲状腺)
- 転倒既往+認知障害(CSDH を最優先除外)
- 歩行障害+尿失禁+認知低下(iNPH 疑い)
0942-42-1155 に電話
相談
予約して受診
- 緩徐進行のもの忘れ+寒がり・体重増加(甲状腺)
- 両手のしびれ+ふらつき+もの忘れ(B12 欠乏)
- 抑うつ+もの忘れ(仮性認知症)
WEB予約・アクセス
よくある質問
「治せるもの忘れ」とはどういう意味ですか?
原因疾患を治療することで、認知機能が改善(一部または全部)する病態の総称です。
- iNPH/CSDH/甲状腺機能低下症/B12欠乏/うつ病性仮性認知症が代表
- もの忘れ外来受診者の9〜13%でこれらの原因が見つかる
- 早期発見・治療ほど改善幅が大きい(長期放置で固定化)
アルツハイマー型認知症と「治せるもの忘れ」はどう見分けますか?
経過の速さ・随伴症状・採血と画像で総合的に判断します。
- アルツハイマー型は通常年単位で緩徐進行し、歩行障害は末期まで目立たない
- iNPH/CSDH は数週〜数か月で進行し、歩行障害が認知低下と並ぶか先行する
- 甲状腺・B12 は採血、CSDH/iNPH は MRI で確実に拾える
- ルーチン採血と頭部 MRI を組み合わせれば外来で多くは絞り込める
家族が急に変わってきた/頭をぶつけたことが気になります。
慢性硬膜下血腫(CSDH)の可能性があり、早めの頭部 CT/MRI を強く推奨します。
- 軽微な頭部外傷から 2〜12週で発症することが多い
- 抗血栓薬服用者・大酒家・高齢男性でリスク↑
- 診断が早ければ穿頭ドレナージ術で 70〜90% が改善
- CT または MRI を当日実施できます
採血だけで原因が分かることがありますか?
甲状腺機能低下症・ビタミンB12欠乏・電解質異常・糖尿病性脳症などは採血で確実に拾えます。
- 当院ではもの忘れ外来のルーチン採血項目として TSH/FT4・B12・葉酸・血糖・腎肝機能を全例で測定
- 原因が拾えれば内服(レボチロキシン・メコバラミン)で外来治療開始
- 並行して頭部 MRI で CSDH/iNPH を除外する組み合わせが基本
うつ病と認知症はどう関係していますか?
高齢者うつ病が認知機能低下として現れる「仮性認知症」と、本物の認知症の併存があり、両方を考慮して評価します。
- 仮性認知症は SSRI などで認知機能が大幅に改善
- 抑うつは AD/DLB の前駆症状として出ることもある
- 抗うつ療法 8〜12週後に認知機能を再評価して判断
- 三環系抗うつ薬は抗コリン作用で認知を悪化させやすく、SSRI 系を選択
何科を受診すればよいですか?
脳神経外科・脳神経内科のもの忘れ外来が初診の窓口として最適です。
- 当院では院内 MRI と採血で6疾患を一通りスクリーニング
- iNPH 疑いは脳神経外科専門病院で Tap test/シャント術へ連携
- CSDH 疑いは脳神経外科専門病院で穿頭ドレナージへ連携
- うつ病性仮性認知症で重症は精神科へ連携